胃潰瘍の本質 2023.5.6. 有本政治
 

胃の病気の代表的な症状には胃もたれ、消化不良、胃痛、胃炎、胃酸過多等が
ありますが、胃潰瘍(いかいよう)はこれらより重度な病状になります。潰瘍とは、
粘膜や皮膚がただれたり、崩れ落ちるという意味で、胃潰瘍は消化性潰瘍とも
言われます。
 胃の壁は3ミリ程の厚さで、層は粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜
(しょうまく)5つの層になっています。一番内側の粘膜層に生じる傷は、
「びらん」といい胃潰瘍の前駆症状になります。粘膜層から粘膜下層にかけて
くぼみのようにえぐれたような状態が及んでくる段階を一般的に胃潰瘍と呼びま
す。潰瘍が進行して一番外側の漿膜に穿孔(せんこう)まで及ぶと(穿孔性胃潰瘍)
胃の外側まで完全にぽっかりと穴があいてしまいます。穴が層を貫通してしまう
ので胃の内容物が胃の外に漏れ出し、強い炎症(急性腹膜炎)を起こしたり、
大出血と激痛で意識を失い、緊急手術になる場合があります。
 胃潰瘍は胸やけや胃もたれの段階で、生活習慣(食・息・動・想・眠)をきちん
と見直していけば、重症にならず改善できます。特に眠(睡眠)が大事です。胃の
機能は睡眠時の副交感神経優位時に働くので、睡眠時間が少なかったり、床に
就く時間が遅いと、副交感神経が抑制されるため、胃の機能が低下し潰瘍ができ
やすくなります。

【胃潰瘍症状】
 食後にみぞおち(上腹部)に痛みや違和感が起こり、貧血になるので顔色が常に
悪く、だるく疲れやすくなります。胸やけ、胃もたれ、嘔吐、体重減少、食欲
不振、背部痛、口臭等の症状が起きます。潰瘍ができた所の血管が破れ大量に、
洗面器一杯程の量を吐血する場合があります。下血することもありますが、黒い
タール便のため下血は気がつきにくくなります。
 胃潰瘍は初期の段階では自覚症状があまりなく、潰瘍が進行し孔(あな)があき
激痛になり気づく場合もあります。

【要因1】精神的ストレス
 胃潰瘍の症状は精神的ストレスに起因した自律神経の失調(乱れ)と自身の免疫
力と生命力の低下
が根本要因として挙げられます。ストレスが攻撃因子として
働き潰瘍を誘発させます。
 人間はストレスに最も弱い生き物で、精神的ストレスを受け肝臓が充血(炎症)
すると胆のうが腫れ、血液の循環・配分・質に乱れが生じます。循環が乱れると
脳内に血液が廻らなくなるので、脳に虚血(血液不足)が起こります。体はこれを
危機と察し、脳内に懸命に血液を廻らようとするので脳がオーバーヒート状態に
なり脳幹部に熱(炎症)を発症させます。人体の中枢部である脳幹部に熱を帯びる
と、自律神経を含む全神経系に支障をきたし機能障害を起こします。
 自律神経とは呼吸・循環・消化・代謝・生殖・排泄等の生命維持機能を調整し
ている要(かなめ)の神経組織になります。心臓や胃等、内臓の働きや代謝を調整
しているのは自律神経になります。自律神経には交感神経と副交感神経があり、
この二つは拮抗的(きっこうてき)に作用します。
 交感神経が働くと心臓の働きが活発になり、血管が拡張し血流が増加し、腕や
足等の運動器官に血液を循環させていきます。副交感神経が働くと胃腸の機能が
高まり消化を促進させます。運動や仕事、作業をしているときは交感神経が優位
になり、食事時や睡眠時には副交感神経が優位になると言えます。
 胃潰瘍は自律神経のバランスが乱れ、交感神経が優位となり、副交感神経が
抑制されることにより発症していきます。人はストレスに最も弱く重度の心労
にさらされると一日で胃に穴が開いてしまいます。一瞬にして胃酸が粘膜を溶か
してしまうからです。
 精神的ストレス(不安、怒り、心配等)は交感神経を介して、胃液の分泌や胃の
ぜん動運動を抑制します。これが胃液の成分のバランスを崩していきます。スト
レスを受けると血液循環が悪くなり粘液分泌が低下し、胃酸から胃壁を守ること
ができなくなります。逆に胃酸の分泌は増えしまうので、胃に炎症や潰瘍が発症
しやすくなります。

※代謝(たいしゃ)とは生体内で生じるすべての化学変化とエネルギー変換の事を
言い、様々な栄養素が合成・分解されていく過程を指します。物質代謝とエネル
ギー代謝があり、物質代謝には異化と同化があり、エネルギー代謝には基礎代謝・
活動代謝・食事誘導代謝の3種類があります。新陳代謝とは、古い物と新しい物
が入れ替わることを言い、生体内では不要な物質が排出され、必要な物質が摂取
されることを指します。

【要因2】膵液と胆汁の分泌不足
 人体には胃液、膵液(すいえき)、胆汁(たんじゅう)3つの消化液があります。
食べ物はまず唾液に含まれるアミラーゼという酵素によって口の中で炭水化物が
分解され食道を通り胃に入ります。胃液は胃腺によって分泌され、胃酸、ペプシ
ンという消化酵素、ムチンという粘液性の成分、及び消化を促進する刺激物質を
含んでいます。胃で消化された食べ物は小腸に入り膵液や胆汁により栄養素が
分解されます。栄養素は腸壁を通過し血液やリンパ液を介して全身の細胞に運ば
れていきます。
 膵液は膵臓から分泌され、消化酵素のトリプシン、キモトリプシン、アミラーゼ、
リパーゼ等を含み、胆汁は肝臓から分泌され脂肪の分解に必要な胆汁酸を含んで
います。
 これら3つの消化液はこのように食べ物を分解するために必要な消化酵素を含ん
でいます。消化酵素とは消化液中に含まれるたんぱく質の一種で、食物の消化に
不可欠な役割を担っています。
 消化液である膵液と胆汁が分泌不足になると、消化のためには胃液を働かせる
しかなくなり胃酸の分泌を過剰にさせます(胃酸過多)。胃酸過多により粘膜が
攻撃されていき、えぐられ、胃潰瘍を発症させます。
 若い頃から外食が多かったり、焼き肉やステーキ等の肉食中心の生活をしてい
たり、油っぽい食物(揚げ物、天ぷら、炒め物、ラーメン、中華料理、ファースト
フード等)を多く摂っていると、長年の蓄積で膵臓機能が低下していきます。
特にエビフライやイカフライ、とんかつ等は揚げ物の中でも消化に悪いので控え
るようにします。加齢と共に膵臓機能は弱くなり膵液が分泌されなくなります。
こうした食生活をしている人がアルコールの飲み過ぎで急性膵炎を起こすことも
あります。
 またこのような食生活は胆汁の分泌不足も招き、血液がどろどろでべたべたに
なっていきます(血液の質の低下)。体や血液は毎日食べている物で作られていき
ます。長い間のかたよった食生活が年をとったときに病状として現われてくるの
です。不調に気づいてからでも遅くはないので食生活には充分気をつけて
過ごす
ことが大事
です。

※急性膵炎とは、胆のうの炎症により胆管が詰まり胆汁が逆流して膵管を上り
膵臓に入って起こる症状を言います。ものすごい激痛でショック状態に陥り、
命に関わる場合もあります。中年以降のアルコールの摂取は体を害するという
ことを認識していきます。

【要因(3)】ヘリコバクターピロリ菌と薬害
 胃の表面を覆う粘液の中に住みつく菌をヘリコバクターピロリ菌(ピロリ菌)
と言います。1982年にオーストラリアの研究者であるBarry Marshall Robin
Warren
がピロリ菌の単離、培養に初めて成功し、2005年にノーベル医学生理学賞
を受賞しています。ピロリ菌は12週間の治療で除菌することが可能な時代に
なりました。
 ピロリ菌は大人は感染せず、5歳未満の免疫機構が充分に発達していない乳児
期から幼少期にかけての経口感染が主となります。一度胃に侵入したピロリ菌は
永久的に胃に住み続けます。それはピロリ菌がもっているウレアーゼと言う酵素
がアンモニアを生じさせ、ピロリ菌のまわりにアルカリ性のバリアを張るため、
強度の酸性である胃液の中でも中和して生存していくことができるからです。
胃液の中こそが、ピロリ菌の最も居心地が良い住み家なのです。
 2013年にこのピロリ菌の除菌治療が胃がんの予防的治療として保険適応になり
ましたが、中和作用のあるこの菌を除菌することでの害も生じています。
なぜならば乳幼児から幼児期に保有するピロリ菌は、アルカリ性のバリアをはっ
てくれることで胃酸を中和してくれる働きがあるからです。体にとって必要な菌
だからこそ永久的に体内に存在していくのです。
 ピロリ菌除菌者に逆流性食道炎に罹患するケースが多く発症しているのは、
中和剤である菌を化学物質により全て排除してしまったがために、生体が狂い、
胃酸が全く中和されなくなり、胃酸が逆流してしまう状態が発生してしまったの
です。
 人体内にはこのようなピロリ菌をはじめ、多くの細菌が存在し共存しています。
がん細胞が休眠細胞として誰しもに存在しているように、体内には良い細胞と
悪い細胞があります。ストレスや睡眠不足等で体の力が低下したときに、その人
の元来もっている弱い部位に優勢になり、病状として発症していきます。細菌や
ウィルス、がん細胞は生命力と免疫力が低下した時に原発するのです。ピロリ菌
60歳以上では80%の人がもっているとされていますがほとんどの方は発症しな
いで菌と共存共生しています。

 胃潰瘍罹患者の7090%は幼少期の経口感染によるピロリ菌が原因と判明して
いますが、背景には生命力と免疫力の低下があります。免疫力が高い人は感染し
ませんし、たとえ感染したとしても病状として現われないのです。
 免疫力とは、私たちの体を、細菌やウィルス感染による病気から守ってくれる
システムになります。この役割を果たしているのが、血液中の白血球になります。
白血球は自律神経と深く関わり、ストレスにより自律神経のバランスが乱れると、
白血球は減少し免疫力は下がり、細菌やウィルスに感染しやすくなります。
 また薬害として、アスピリン、ボルタレン、ロキソニン等の非ステロイド性
抗炎症薬(解熱鎮静剤)がプロスタグランジンの合成を抑制し、胃粘膜を障害する
とされています。これらの薬服用者は薬を飲んでいない人と比べると胃潰瘍の
発生率が約10倍多くなるとされています。しかし薬の服用でもほとんどの方は
発症しません。薬の服用で発生してしまうのは自身の免疫力が低下しているから
になります。このように病気や症状の背景には自身の免疫力と生命力の低下が
必ず存在しているのです。

【胃酸】
 胃酸は胃内壁の中で形成される消化液で、一日に1.52.5リットル分泌されま
す。塩酸が主成分となり強酸性で鉄をも溶かすと言われています。食べ物と一緒
に侵入してきた細菌を殺す力をもっています。酸の力で胃が溶けないのは、アル
カリ性の1ミリにも満たない粘液層が粘膜表面をおおい胃を守ってくれているから
です。

【胃液】
 胃に食物が入ってくると胃液が分泌されます。胃液は三つの成分からなり粘液、
塩酸、ペプシノーゲンが主成分になります。粘液は胃壁を強い酸から守り、消化
物の移動を助けます。塩酸は強力な酸の作用で食物を溶かし、細菌を殺す役割を
担っています。ペプシノーゲンは塩酸と交わることでたんぱく消化酵素のペプシ
ンとなります。

【胃潰瘍の対応】
 なぜ胃に穴が開くかと言いますと、胃潰瘍は粘液の不足によるもので、そのまま
では胃の内部全体が胃酸に侵され命に関わる事態に進行してしまうからです。
ストレスで自律神経が乱れると体液のバランスが崩れ、粘液の分泌が悪くなりま
す。胃壁は粘液によって守られているので、粘液が不足してしまうと、胃壁が
胃酸に侵されてしまうのです。

 このように胃潰瘍は命を守るために胃の壁に穴をあけ、そこに血液を集め、
回復を図ろうとしている対応になります。血液には細胞修復能力があり、胃酸を
局所に集中させることで、局所だけを溶かして胃内部の全体破壊を守り、血液を
早急に集め、胃全体の消化機能を守っているのです。
 そしてもう一つの対応が、穴を開けることで胃の内圧を下げ、胃内部の膨満を
防いで心臓の突き上げを防止する働きになります。
 この二点が胃潰瘍の本質となります。この機序を考えず胃酸の分泌を抑える薬等
を使用してしまうと、かえって胃潰瘍の回復を遅らせ慢性的病状になり最終的
にはがんに移行してしまう場合があります。


【回復させるためには】
 胃潰瘍を回復に向かわせるためには交感神経が優位になっている自律神経の
バランスを整えることが必要になります。そのためには精神的ストレスからくる
肝臓(胆のう)と心臓の機能低下を元に戻すことです。
 日本伝承医学ではこのように、症状を単にその部位だけでみていくのではなく
体全体との関連の中で捉えていきます。胃腸は脳(精神状態)とも深く関わる臓器
になります。家庭療法としての頭と肝臓の局所冷却法を合わせて行なうことで
症状を緩和させていきます。

 治療技術では、肝臓(胆のう)と心臓の調整、膵臓脾臓調整、自律神経調整法、
胃の操法を用い、胃の虚血(血液不足)を補い胃潰瘍を改善していきます。日本に
古来より伝わる胃の操法は、手技療法で胃の穴を修復し胃潰瘍を改善できる世界
で唯一の治療法になります。

追記:胃腸に起こる症状
≪機能性ディスペプシア≫
 機能性ディスペプシア(機能性胃腸炎)とは、検査で何も異常がみられないのに、
慢性的なみぞおち辺りの痛みや胃もたれ、胃痛、胃の膨満感等の症状が現われる
ことを言います。以前は神経性胃炎と呼ばれていました。
 精神的ストレスにより自律神経のバランスが乱れ、知覚過敏になることで痛み
や違和感が強く感じられてしまいます。ストレスが解消もしくは緩和されない
限り症状は続くことになります。

≪十二指腸潰瘍≫
 食物は胃で消化された後、十二指腸に入ります。十二指腸に入る直前で胃は細く
なり(幽門)、十二指腸からの胆汁や膵液等の強い消化液の逆流を防ぐ仕組みに
なっています。

 十二指腸潰瘍は十二指腸の壁が傷つき粘膜下層よりも深い部分までえぐられて
しまう病状をさします。食後に症状が出る胃潰瘍とは異なり十二指腸潰瘍の場合
は空腹時に腹痛が起きやすくなります。こまめに食事をとるようにするとらくに
なります。

胃潰瘍と十二指腸潰瘍の両者を合わせて消化性潰瘍と言います。

≪胃炎≫

胃の粘膜に炎症が起きた状態が胃炎になります。炎症は血液を集め回復を図る
ために生じますが、長期に及ぶと慢性胃炎、萎縮性胃炎に移行し胃の粘膜が破壊
されていきます。

胃がむかむかしたり、ちくちくしたり、重く感じたり、膨満感がみられますが、
このような症状が現われたら胃を休ませてあげることが必要なので、食事の量を
減らします。飲酒は良くありません。肉類や揚げ物等の油っぽいものはさけ、
就寝時56時間前までには食事は済ませるようにしていきます。胃腸を回復させ
るためには食後から就寝迄の時間をあけることが必須です。食後にすぐ寝てしま
うと胃腸が休まらないからです。

胃炎はストレス(過労、心労、精神的ストレス等)により、自律神経がバランスを
乱すことで胃粘膜のバランス機能が低下して起こります。長期に渡るストレスは
体を極度に害するので、胃に症状が出たら養生することが大事です。胃炎の段階
で、生活習慣(食・息・動・想・眠)に気をつけていかないと、進行し胃潰瘍に及ぶ
場合があります。人間の体は何段階にも及ぶ警告を発していきます。これらを
無視し続けると最終的にはがんに移行してしまうのです。

※胃潰瘍の文献中に出てくる以下各項目は日本伝承医学のホームページからご覧
 頂けます。
   ≪参考文献≫ 有本政治:著

   「腹膜炎の本質

  「食・息・動・想・眠

  「病気の直接的要因となる血液の循環・配分・質の乱れはなぜおきるのか

  「病気の根本原因には生命力と免疫力の低下が存在する

  「免疫力と生命力を高めるには日本伝承医学の治療と家庭療法が有効

    日本伝承医学の治療と家庭療法のすすめ

  「頭と肝臓の冷却はなぜ有効か

  「胃酸過多と逆流性食道炎の本質

  「脳脊髄液の環流の乱れ
   

    「がんを捉えなおす