前立腺の炎症、肥大の機序と対策
日本伝承医学では病気や症状を悪い対応ではなく、命を守る
ための正への対応として捉えています。今回は前立腺の炎症と
肥大を解説していきます。
「前立腺とは」
前立腺は男性だけに存在する栗の実くらいの器官になります。
膀胱のすぐ下にあり会陰部(陰嚢と肛門の間の部分)の真上にあ
ります。内部には尿道と射精管が取り込まれていて、射精の時
には前立腺液を分泌します。射精の際には前立腺周辺の筋肉が
収縮して精液を尿道に送り出します。この時に尿が一緒に出な
いように生理的制御が働き、膀胱頸部が閉じるようになってい
ます。
前立腺液は精液の構成要素の1つで、精子を保護したり、精子
に栄養を与えその運動を助ける役割を担っています(精液に占
める割合は25%~30%)。これらの働きから前立腺は精巣をサ
ポートしている重要な生殖器官とされます。種の保存を担う器
官のため、生物にとっては最後までその働きが低下しないよう
に、丈夫に作られ守られているのです。
「前立腺肥大は命を守る対応」
前立腺は40歳位から徐々に大きくなり60歳を超えるとほとん
どの男性の前立腺は肥大していきます。前立腺は尿道の根元を
囲み、排尿の流れを調整するバルブのような働きをするので、
肥大すると尿道が圧迫され、残尿、頻尿、尿が出にくくなる、
尿の勢いが弱くなる等の排尿障害を引き起こします。これらは
一見悪いことのように思われますが、実は重篤な症状を回避し
ているのです。
朝がた排尿時に、脳溢血や心筋梗塞等でトイレで倒れる方がい
ます。これは尿が一気に出てしまうことで、血圧が急激に変動
して、心臓に過度の負担がかかり、脳へ血液をまわせなくなり、
脳内が虚血(血液不足)になってしまうからです。
つまり前立腺肥大による頻尿や尿の出が悪くなる、尿の勢いが
弱くなる等の症状は、脳圧が一気に変動しないようにしている
命を守る正への対応と言えます。
「前立腺の炎症、肥大は、低下した機能を元に戻すための
対応手段」
炎症、肥大は、低下した前立腺の機能を元に戻すための対応
になります(他の全ての炎症もこれに相当します)。組織器官
に炎症を発生させることで、組織の分子運動を活発化させ、
機能回復を図っていくのです。肥大は炎症症状の付随反応とし
て発生します。
炎症は患部に血液を集めて損傷した組織を修復しているので
す。故に炎症、肥大を人為的に封じ込めてはいけません。血
液を集めて低下した前立腺の機能を戻すために起きているので、
局所的に処置してしまうと、より重篤な症状を引き起こすこと
になるからです。
それでは何故、前立腺の機能低下は起きるのでしょうか。
この機序を明らかにすることでその本質が見えてきます。
「前立腺の機能は男性ホルモンが支配している」
前立腺の働きを維持しているのは男性ホルモンになります。
男性ホルモンは前立腺の炎症に大きく関わりますが、前立腺
肥大や前立腺がんにも関与しています。
男性ホルモンの95%(テストストロン)は精巣で作られ、視床
下部→下垂体→精巣の順でホルモン分泌は調整されます。男性
ホルモンの一部(DHEA、アンドロステンジオン)は副腎から分泌
されます。
男性ホルモンを作動させたり、コントロールしているのは視
床下部から分泌される性腺刺激ホルモンと下垂体前葉から分泌
される性腺刺激ホルモンになります。つまり男性ホルモンの分
泌には副腎、精巣、脳(視床下部、下垂体)の三者が関わってい
るのです。この三者の男性ホルモン分泌機構に乱れが生じるこ
とで、男性ホルモンの支配を受ける前立腺に機能低下が生じて
いくのです。
そこでこれらの機能に乱れを生じさせている根本原因を探る必
要があります。
「男性ホルモン分泌を乱す根本原因は何か」
人体内のホルモン分泌箇所は、視床下部、下垂体(前葉)、
下垂体(後葉)、甲状腺、胸腺, 膵臓、副腎、精巣、卵巣等に
なります。各部からのホルモン分泌量は超微量ですが、体に強
い影響を与える情報伝達物質になります。例えば甲状腺から出
る甲状腺ホルモンは一生分で切手一枚分と言われています。
超微量ということは、実に繊細な制御とコントロールが行なわ
れているということになります。
これらの機能に乱れを起こす最大の要因は、内部の熱の発生
(炎症)に起因します。いわゆる熱変性です。組織器官に熱が
こもる事で、繊細な反応に狂いが生じ、ホルモンの分泌を乱し
ていくのです。
ホルモン分泌を行う組織器官に熱を発生させる要因は、循環
する血液にあります。具体的には血液の熱と血熱による赤血球
の連鎖と変形です。赤血球の連鎖(ドロドロでべたべたな状態)
と変形は、毛細血管を詰まらせ、これを流す対応で血管内の圧
力が高まり、これがさらなる熱の発生と熱のこもりを助長させ
ていくのです。
特に視床下部や下垂体が位置している脳は、最も熱に弱い臓
器になります。脳に熱がこもり炎症を起こすと、視床下部から
の神経伝達に狂いが生じ、心拍、代謝、血圧、呼吸等を司る
自律神経が一気に乱れ、各臓器に機能低下を引き起こしていき
ます。
(参)「自律神経失調症」 著:有本政治
「血液の熱変性は、肝臓胆のうの機能低下と
胆汁の分泌不足が起因」
全ての病気の直接的要因は、体内の組織器官を養っている
全身の血液の循環・配分・質(赤血球の連鎖と変形)の乱れに
起因します。血液の循環、配分、質の乱れに関与するのは肝
臓胆嚢になります。これらの臓器が機能低下すると、血液の
配分と質を狂わせ、脳内に血液不足を引き起こし、脳圧の上
昇を生み、脳幹部の熱のこもり(脳の炎症)を助長させ、これ
がさらなる脳内ホルモン分泌異常を生起させるのです。前立
腺の炎症、肥大もこの原則が当てはまります。
循環の中心は心臓ポンプであり、配分に大きく関わるのが
血の塊の様な臓器である肝臓になります。そして血液の質に
最も関与するのが、胆嚢(たんのう)から分泌される胆汁(た
んじゅう)です。つまり「肝心要」(かんじんかなめ)の言葉
通り、肝臓、胆嚢と心臓が全身の血液の循環・配分・質の乱
れに影響を与えるということです。
胆汁は1日に約600~1000mリットル分泌されていて、その
働きは脂肪の分解吸収を助け、胆汁酸を形成し、毒素の排出
と便の生成になります。しかし胆汁には実はもっと重要な働
きがあるのです。それはその苦い成分を用いて全身の血液の
温度の上昇(血熱)を抑えるということです(抗炎症作用)。
漢方薬が苦い成分で体内の炎症を抑え病気を治癒させる機序
と、同作用を胆汁が担っているのです。
この胆汁の分泌が不足する要因は、胆汁を生成する肝臓の
機能低下による生成力不足と、胆汁を放出する胆嚢の炎症と
腫れによる袋の収縮力低下にあります。胆汁の分泌不足が血
液に熱を帯びさせ、熱変性により、赤血球が連鎖し、ドロド
ロでべたべたな状態の変形が生起されるのです。
「胆汁が分泌不足になるとどうなるのか」
胆汁は肝臓で作られ胆嚢で貯蔵されますが、主な成分は、
胆汁酸、コレステロール、リン脂質、ビリルビンになります。
胆汁酸が脂肪とビタミン(A、D、E、K)を吸収させること
で、体内の脂質バランスが保たれます。
胆汁が分泌不足になると、脂肪の分解吸収力が低下して、
脂質代謝に狂いが生じ、体内に脂質異常を引き起こします。
胆汁はコレステロールを体外に出す重要なルートになります
が、胆汁が分泌不足になるとコレステロールの排出が不十分
になり体内にたまりやすく、高コレステロール血症に傾きや
すくなります。コレステロールは悪とされていますが、実は
生命体にとって不可欠な脂質であり、体内で様々な重要な役
割を担ってくれています。
コレステロールは男性ホルモンや副腎皮質ホルモン、ビタ
ミンDの形成に必要な物質になります。また脳内の脳神経細
胞の神経細胞鞘の形成にも深く関与しています。コレステロ
ールが生成不足になると男性ホルモンを作り出す副腎機能が
低下し、脳神経細胞の乱れから、脳内から放出される性腺刺
激ホルモンの分泌に異常をきたしてしまうのです。
体内に慢性的な炎症、感染や外傷が起こると、肝臓がコレス
テロール(特にLDL)を増やすように働きます。LDLは傷
ついた細胞を修復するための材料を届けたり、炎症を鎮める
作用があります。つまりコレステロールが上がることは謂わ
ば防衛反応と言えます。
「精巣の熱のこもりは、精子の働きを弱め、前立腺の機能
低下に繋がる」
男性ホルモンの大部分を生成する精巣の熱のこもり(炎症)
は、男性ホルモンの生成と分泌を低下させるだけでなく、精
子にも影響を与えます。精子は特に熱変性に弱く、機能低下、
運動力の低下、変形等の精子の働きを著しく損なわせます。
これが男性の生殖能力低下の根本原因となっているのです。
これは前立腺の働きである精子の保護、栄養補給、運動能力
の維持に大きな負担をかけ、前立腺機能低下の一因となるの
です。
以上が前立腺に影響を与える男性ホルモンの作用低下、
分泌不足の根拠と機序になります。
(参)「男性不妊」 著:有本政治
「対処を間違えると重篤な方向へ移行する」
前立腺の炎症と肥大は、炎症と肥大を発生させることで、
前立腺の機能を元に戻す対応をとります。前立腺の機能低下
は前立腺を支配する、男性ホルモンの生成分泌の乱れにあり、
ホルモン機構の乱れを生起させている根本原因は、肝臓と胆
のうの機能低下が背景にあるのです。この一連の機序が理解
できれば、回復にはどうすれば良いかの答が見えてきます。
前立腺の炎症と肥大を一方的に悪い反応と捉え、この炎症
と肥大を薬で抑える処置をする事は、体が必要な対応として
起こしている手段を失わせ、次なる対応に移行する事になり
ます。体は幾重にも命を守る対応手段を持っていて、次の段
階的対応をとっていくのです。それはより重篤な方向へと進
みます。
薬で一時的に症状を軽減させることは、治るのではなく、
症状を封じ込めるだけに過ぎません。圧迫している尿道を拡
大する手術をして、尿の通りを一時的に改善する方法も行な
われますが、これは脳圧を高めることに繋がり、より事態を
深刻化させていきます。
前立腺の疾患は、体内のホルモン異常が背景にあるので、
他の臓器疾患と違って、より重篤な状態であるという認識が
必要になります。ホルモンは超微細な分泌で、大きな変化を
体内にもたらすもので、難しい甲状腺疾患と同等と考える必
要があるのです。
前立腺は生殖器官であり、その機能は丈夫で強く守られて
いる器官です。そこに異変が起きるという事は、自身の生命
力や免疫力が大きく低下していることを表します。前立腺疾
患はこの体の状況を知らせるための警告サインとなります。
前立腺肥大による、排尿困難、尿閉、頻尿、残尿感等は苦し
い症状ではありますが、この状態の内に、生活習慣を見直し、
前立腺疾患の本質を正しく理解し、養生に努める事が肝要です。
「回復のための対策法」
まず病の背景に存在する自身の低下した生命力と免疫力を
あげる事が優先課題です。これには生活習慣の見直しが不可
欠であり、その中で睡眠と食生活の改善が急務です。1日10時
間の睡眠と、1日二食にすることが効果的です(就寝迄5~6時
間はあける。10時に床に就く場合は食事は5時にとるように
する)。
日本伝承医学では生命力と免疫力の大元である骨髄機能を
発現させることを目的に学技が構築されています。生命力と
は細胞新生力であり、免疫力とは造血力になります。この二
つを担うのが骨の中心の骨髄です。骨髄機能を発現できる唯
一の方法が日本伝承医学になります。
次に病の直接的要因となる全身の血液の循環・配分・質(赤
血球の連鎖と変形)乱れを整えるために、心臓調整法で循環
のための心臓機能を高め、肝胆叩打法で配分に関与する肝臓
の炎症と充血を除去し、質を元に戻すために苦い胆汁の分泌
を促進していきます。さらに個別操法として精巣機能と前立
腺の回復を促すことができる「ふり操法」を使用します。こ
のような全体調整法と個別操法を駆使して機能回復を図りま
す。これらの方法は前立腺疾患の根拠と機序に準じた合理的
な回復法であり、継続することで確実に前立腺の機能を元に
戻すことが可能です。
さらに家庭療法として推奨している氷を用いた頭部冷却と
肝胆冷却法を使用します。これにより、脳内の熱のこもりを
除去し、脳内ホルモンの分泌異常を改善させます。肝胆冷却
をする事で、肝臓と胆嚢の腫れと充血を除き、胆汁生成を高
め、胆嚢の腫れを取り除く事で、袋の収縮を改善し、胆汁の
分泌促します。そして直接的冷却法として、前立腺に近接し
ている会陰部にアイスバックを当て、前立腺自体の炎症と腫
れ(肥大)を除去します。このような総合的な対策により、
前立腺機能を回復させることができます。
(参)「一日2食のすすめ」 著:有本政治
「家庭療法としての局所冷却法」 著:有本政治
※局所冷却法は受診時に実践方法を説明していますので、
文章を読んだだけで行うことがないようにしてください。