スポーツ外傷の8割は起きるべくして
発生している
(膝十字靭帯断裂をテーマに考察)
1973年からスポーツトレーナーを目指し治療の世界に足を踏
み入れてから、50年が経過しました。未だ終わりのない厳しい
臨床の日々を過ごしています。25歳から55歳までの30年間はア
マチュアスポーツ界の最高峰の選手達が集まる日本鋼管運動部
(現JFE)のスポーツトレーナーを担当しました。
選手達を日々治療する中、私自身も広島皆実高校から日本体
育大学にかけてサッカーをやっていた経験と照らし、スポーツ
外傷は何故発生するのかを追求し続けてきました。そして40歳
の頃その一つの集大成として、「人体積木理論」「人体バナナ
理論~人体の捻れの歪みからくるスポーツ外傷理論」を提唱し
ました。
この理論は、体全体に起きたねじれのゆがみと、各関節、筋
肉、靭帯、腱との相関関係を解明したものになります。スポー
ツ外傷の真の原因は、不可抗力ではなく起きるべくして発生し
ているという真理を導いたのです。不可抗力によるものは全体
の約2割程度であり、あとの8割はあらかじめ弱りが出ている場
所、劣化が進んでいる部位に発生していたのです。
正に怪我(けが)という言葉はその本質をよく表わしています。
怪我とは“我を怪しむ”(われをあやしむ)と書きます。怪しむ
という言葉は、「物事の真相がわからなくて疑う、省みる(かえ
りみる)。根底に隠されている何かがあり、その真相を知る」
という意味があります。怪我をした時には無理をしていなかっ
たか、ストレスがなかったか、身体に負荷がかかっていなかっ
たか等、自身の根底に潜んでいる要因を省みることが大事なの
です。
「トレーナー時代に感じた疑問」
私が担当していた選手達は、当時日本のスポーツ界に於いて
トップレベルで、プロの選手も含まれていました。当然選手達
は身体能力も高く、最先端のフィジカルトレーニングを行ない、
体調管理に於いても食事、睡眠、練習後の体のケア、マッサー
ジ等ありとあらゆる体制でとり組んでいました。特に筋力強化
においては、専門のフィジカルコーチのもとで徹底的に鍛え上
げていました。
それにもかかわらず競技中にいとも簡単に膝の十字靭帯断裂
を発症してしまうのです。受傷後に手術をして、靭帯を移植し、
リハビリ、トレーニングを一年近く行ない、筋力が元に戻り、
関節の可動域も正常になったのを確認しても、競技に復帰する
とまたすぐに再発を繰り返す事例を数多く見てきました。
その中で感じた疑問は、どんなに筋肉を強化しても、リハビ
リを徹底しても十字靭帯断裂は防止できず、根本的問題は他に
あるのではないかということでした。いくら膝を中心にした
下肢の筋力を強化しても、下肢の筋肉を揉みほぐしても、スト
レッチを徹底しても、膝の怪我は防げませんでした。怪我は
それ以前に膝を劣化させる要因が他にあるという考えにたどり
着いたのです。
本来関節の全ての靭帯は、関節を外部の応力から守るために
強靭で、簡単には断裂できないようになっています。それが他
人と接触がない球技中や、自身の体のストップやターン時に、
いとも簡単に断裂を引き起こしてしまうのです。強靭な作りの
靭帯であっても、長期に渡り過度の負荷がかかる状況が続くと、
靭帯本体に弱りや劣化が生じてしまい、断裂し、切れてしまう
のです。
十字靭帯の本来の働きは膝のねじれの応力に対して関節を守
ることにあります。この靭帯に弱りが生じるのは、常に膝にね
じれの応力が過度にかかっていたからです。この原因を解決す
るためには膝だけを単独でみるのではなく体全体との関連の中
でみていく必要があります。体幹部のねじれのゆがみが、下肢
の真ん中にある関節の膝にねじれのゆがみをもたらしてしまう
ということです。外傷はその部位だけをみるのではなく、全体
との関連の中で捉えていかなければ根本解決にはならないのです。
スポーツトレーナーとしての使命は、選手が何も起こさない
でそのシーズンを過ごすことです。この責任を果たすためには
物事の全面的認識に基づいた体の捉え方が必要となります。
「体全体のねじれのゆがみが膝関節に
ねじれのゆがみを作り出す」
こうした考え方に基づいて書き上げた理論が『人体バナナ理
論』になります。外見からは何の変色や黒ずみが見あたらない
バナナでも、一度ひねると、皮をむいたら中身が傷んで黒ずん
で腐りかかけてしまうという事象をとらえての命名です。私が
提唱したこの理論は現今多くの方々が、名称を変えて受け継い
でくれています。
バナナを体に置き換えてみると、体幹部がひねられると外観
からは異常や自覚は無くても、膝の中の十字靭帯に常に負荷が
かかり弱りと劣化が進んでしまうということです。これは膝の
靭帯だけではなく筋肉、腱、半月板にも発生し、スポーツ外傷
に潜んでいた根本原因となります。
体に起きる姿勢のゆがみの中で、内部に一番大きな影響を及ぼ
すのがねじれのゆがみなのです。ひねられた応力は物体の中心
に作用が及びます。この体幹部(胴体)に生じたねじれのゆがみ
が、下半身の中間に位置する膝関節にひねりの応力を加え、膝
のねじれを防止する十字靭帯の前十字靭帯に常に負荷をかけ、
靭帯の劣化を生起させていたのです。
「上体の右ねじれは左膝にねじれを生じさせ、左ねじれは
右膝にねじれを生じさせる。さらに内股姿勢の人は両膝に
ねじれの応力が起きる。」
膝のねじれの事象は簡単な実験で立証されます。立位で足幅
を骨盤幅くらいに開き、上体をどちらかに大きくねじると、
下肢の膝にねじれの応力が生じるのが体感できます。この立位
でのねじれの実験でわかるように、上体が頭上から見て右ねじ
れになると左膝にねじれの応力が加わり、左ねじれになると右
膝にねじれ応力が発生するということがわかります。
内股姿勢(X脚)の人は、両膝にねじれの応力が集約するため
両膝に十字靭帯断裂が起こりやすくなります。内股姿勢をとっ
て実験してみると、膝の内側にねじれの応力が加わるのが確認
できます。つまり内股は内部の十字靭帯の前十字靭帯に負荷が
かかる姿勢となります。内股は女性に多く見られますが、この
体型の人は運動能力が極めて高く、瞬発力があり、跳んだりは
ねたり、走ったりする能力(特に短距離走)に秀でています。
男性に比べて女性の骨盤は出産時に備えて開閉しやすいよう
にできています。そのため女性の股関節は内外旋しやすくなり
ます。外旋位(O脚)は力が外側に逃がされ、内旋位(X脚)は力が
内側に集約されるため、内旋位の姿勢は最小限の力で筋力を発
動できるようになります。
「上体にねじれが発生するのはなぜか?
内股姿勢になるのはなぜか?」
上体の右ねじれ、左ねじれ、内股姿勢等、体の表わす事象には
全て意味があります。その意味とは生命を守り、二足直立の姿勢
の保持を確立するために起きている必要な対応の姿になります。
右ねじれは心臓の拍動を守り、左ねじれは肝臓、胆嚢(たんの
う)の働きを守るために発生します。心臓機能(ポンプ作用)が低
下すると、体は血液の循環を守るために、体幹部に右ねじれを起
こします。ストレスや過労、心労等で肝臓が充血し肥大すると、
胆嚢が腫れて胆汁(たんじゅう)が分泌不足になるため、体幹部は
胆汁分泌を促進させるために左ねじれを引き起こします。
内股姿勢の人は心臓、肝臓(胆嚢)の両方の機能を守るために発
生しています。生命力、免疫力が低下しやすいタイプと言えます。
また、内股姿勢の体型の人は骨盤が前傾し、上胸部が前方に突出
しています。この状態で立位のバランスを重力線上に保つために
は、両股関節を内側に絞り込む必要があるのです。
股関節が内股位になると、下肢からの力の伝達が骨盤に伝わり
やすく、上への推進力が高まるために、走る、跳ぶ等の能力が飛
躍的に高まります。陸上の選手や球技の能力が高い女性のほとん
どが内股姿勢と言えます。
(参)日本伝承医学のホームページ
『人体バナナ理論~ねじれのゆがみ』
「前十字靭帯断裂の根拠と機序が明らかになれば、
対処の仕方が明確になる」
膝十字靭帯の断裂の根本原因と機序が明らかになれば、その対
策は自ずと示されてきます。膝という局所ばかりに目を奪われて、
全体との関連の中で膝を捉える事ができなかったために、その対
処法に限界があったのです。
これを予防、修復に向かわせるためには、全体的な体幹のねじ
れのゆがみと内股姿勢の改善と同時に、局所にあたる膝のねじれ
の改善という両面からのアプローチが必要になります。また家庭
療法としてのケアも必要です。これを可能にできるのが日本伝承
医学になります。
日本伝承医学ではスポーツ外傷だけでなく、病気や症状の根本
原因も、姿勢のゆがみに見出し、体のねじれのゆがみや各関節の
ねじれのゆがみを、内臓との関連の中で捉えて学技が構築されて
います。日本の古代人が独自に開発した、骨の特性となる「骨伝
導」と「圧電作用」を用いたこの技法は、低下した心臓、肝臓
(胆のう)機能を高め、体幹部のねじれのゆがみや関節のねじれ
を合理的にとる手法となります。
(参)「日本伝承医学の治療」
「家庭療法としての局所冷却法」
体のねじれのゆがみの強い人は、膝関節に自覚症状がなくても
常に膝関節の十字靭帯に負荷がかかっています。負荷の持続は
当然膝内部に熱を発生させ、炎症を生起させます。この炎症の持
続が靭帯や筋肉の劣化を助長させる要因となります。炎症を除去
するためにはアイスバッグでの局所冷却(アイシング)が不可欠
となります。
(参)日本伝承医学家庭療法の局所冷却法(アイシング)