後世の医学は、分科の学として細かく細分化され、精神と肉体を分離し
  た形で、肉体つまり物質のみの偏重の医学と化してしまいました。しかし
  ヒポクラテスは医学を自然条件との関わりの中からとらえ、精神と肉体を
  分離しないで、相互の関連性の中から解明してきました。  
  彼の提唱した四大体液説の中に胆汁を二つもおいていることから、胆汁の
  重要性をうかがい知ることができます。彼は黄胆汁は肝臓で、黒胆汁は脾
  臓(ひぞう)で作られるとし、気分が高まる躁(そう)状態をマーニー、黄胆
  汁気質と呼び、気もちが沈むうつ状態をメランコリー、黒胆汁気質として
  二つの気質に分けました。この考え方は、古代中国で発生した漢方医学と
  も共通しています。
   漢方医学の原因論は、まず精神感情の乱れが先に存在し、これに自然の
  気候条件である「風・寒・暑・湿・燥・火」が作用して、病気を発生させ
  ていくとしています。また、情動の乱れを「怒・喜・思・悲・恐・憂・慮」
  の七つに分類し、人体の内臓の五臓六腑と対応させています。その中で「怒」
  にあたる、おこったり、イライラしたり、精神亢陽状態を肝臓、胆のうに
  配当し、「思」のおもう、悩む、憂う、沈み込むを脾臓に配当しています。
  脾臓は別名、左肝(左の肝臓)ともいわれ、単に脾臓のことだけではなく、
  すい臓を含めた消化器全般をさしています。この漢方医学のとらえ方はヒ
  ポクラテスの唱えた、躁状態を肝臓の黄胆汁質、うつ状態を脾臓の黒胆汁
  質とした原理と呼応しています。また漢方医学では肝臓、胆のうと脳(頭)
  を密接に結びつけ、肝臓、胆のう機能の低下は、頭痛、めまい、脳循環障
  害、精神疾患と深い関わりがあることを説いています。 次のページへ