(二) 細胞のアポト−シス(自殺死)について



 今から約25年位前に現代生理学の成果として細胞のアポトーシスとい
う発見がありました。これは何かといいますと生命の最小単位であります
細胞には、細胞自身が自らの死を選択できるシステムがプログラムされ
ているという概念です。
つまりあらかじめ、プログラムされた自殺死ということです。細胞はその命
を自ら絶つことができるシステムを持っているのです。これを「アポトーシ
ス」とよんでいます。現代生理学の偉大な発見のひとつでありましょう。
 人間は多細胞生物として60兆〜70兆といわれる細胞によって、すべて
の組織、器官がつくられています。例えば、肝臓を作っている細胞は、た
いへん新生が早く、肝臓のほとんどを切り取っても約60日くらいで、元の
大きさに再生できるといわれています。  
 アポトーシスを解説するにあたって、わかりやすい例として皮膚の表皮
細胞を取り上げます。人体の皮膚は通常一ヶ月くらいで表層が脱落して、
アカとなって入れかわります。入れかわるということは、その細胞の死を
意味しています。これは人体が生きていく上で必要な新陳代謝機能です。
いいかえれば、命を守る対応であります。
 表皮細胞のアポトーシス機能によって、細胞の自殺過程を作動させて脱
落させているのです。あらかじめプログラムされていないと、この機構は作
動しないことになります。生きるために新旧交替させて、表皮の機能を常
に一定に守ってくれているのです。体表の場合は、細胞の死骸をアカとし
てすてることができます。では、体内のアポト−シスによる細胞の死骸は
どう処理しているのでしょう。 


 生命体は実は精妙なリサイクルシステムを完備しているのです。死んだ
細胞は自ら細かく分解され、すみやかに貪食細胞が処理しているのです。
しかしこれはアポトーシスによって自殺した細胞に限られています。
 抗生物質や抗がん剤等の薬によって、人為的に他殺に追い込んだ細胞
は、自らの分解作用が作動しません。このために組織に熱を発生させ、あ
るいは炎症状態を作り、分解処理をしなければなりません。故に患部の治
癒過程は遅くなり、そのためのエネルギーの損失は大きくなってしまうので
す。
 薬物によって、他殺死に追い込んだがん細胞の処理は上記の通りであり、
さらに周囲の正常細胞をも他殺させているために、組織の修復と治癒過程
に莫大な時間と生命力の低下を招くのは必然となってくるのです。
 がん細胞を根こそぎ取り去る外科手術と抗がん、制がん剤による細胞の
他殺死(ネクトーシス)は、個体全体の生命力、免疫力を急激に低下させる
ことになるのです。
 アポトーシスとは、細胞にあらかじめプログラムされた自殺死です。死ぬ
ことによって他を生かす手段といえましょう。この自殺という死も、命を守る
ための対応システムとして人体に備わっているものです。逆に考えれば、
自殺がプログラムされているなら、“生へのプログラムは、もっと精妙に幾
重にも完備されているという“証(あかし)”となるのではないでしょうか。 


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