少女A理論

 タイトルだけみると、いったい何のことかさっぱりわからない。
何ともふざけた名前をつけたものと誤解をまねきそうである。

 これは、顔面部に関する、日本伝承医学の理論です。写真週刊誌の写真の中で、
当事者以外で掲載された人相をカモフラージュするために、顔面部の目鼻の部分
を黒い棒線で隠した姿を意味したものです。また、名前を伏せたい時や、架空の
人物を扱う言葉でもあります。つまり、目鼻の部分を隠せば、その人の表情は
消され、人相がわからず、誰だかわからないことを意味しているのです。顔を
見れば、その人の性格・人格・職業までわかると言われるように、顔はその人の
人生までも表わしているのです。

 「目つきが変わる」とか「顔つきが変わる」というように、顔、特に目は心の
状態が一番反映される場所でもあります。また、役者さんが芝居や映画の中で、
悲しみや、苦しみの表情を長く演じるとそれが基で、体調を悪くするとも言われ
ています。

 
 表情という言葉に代表されるように「情を表わす」場所ということになります。
その中にあって、目の上下、目と目の間の眉間部は人の表情が凝縮される個所、
心理状態の発現場所ということができます。「目は心の窓」と表現される所以です。

 目を中心にした目の周囲が人間の心理状態と関係が深いと言うことは、精神
作用と直結した自律神経系とも大いに関係があるとみてよいでしょう。事実、
目と心臓、目と肝臓とは、密接な関係があるのです。自律神経系は内臓支配の
神経系であります。内臓とは五臓六腑を意味します。この五臓六腑と体表との
関係は、漢方医学が経絡・経穴としてすでに解明している分野です。経絡説で
顔面部を解明していくと、顔面をめぐる経絡は、全陽経(胃経・胆経・膀胱経・
小腸経・大腸経・三焦経)のすべてがここから起こり、陰経の中の心経と肝経は
目の内側に終わり、奇経八脈中の六脈がめぐり、経筋十二経の六経が関わり、
経別十二経中の四経がめぐるというように、経絡中の陽の経絡の大部分が顔面部
に起こっているのです。故に顔面部は「諸陽の会」と言い表わされているのです。

 また、その経絡中のほとんどが、目の内側、および目の下側に起こりあるいは
散じ、まさに「少女A」と言い表わした部分に集中していることは驚嘆に値します。
経絡はすべて五臓六腑との関連の中から、導き出されたものであり、顔面部と
内臓(自律神経系)との関係は大変重要であると言わねばなりません。

 また、人体の投影現象の観点からすると、頸椎のアトラス(頸椎一番)
アキシス(頸椎二番)、第三頸椎(頸椎三番)の形状と顔面部が類似しており、
第一、第二、第三頸椎の異常の投影像として、この顔面部(目・鼻領域)が考え
られるのです。このような思考法は東洋医学の人体観の一環であり、「全体は
部分を統制し、また部分も全体を集約する」という考え方の延長線上なのです。
コア(中心)は体表に向かった円錐上の投影像であり、この観点に立って人体を
ながめてみると、各所にその姿を見ることができるのです。このような視点で
顔面部を考察していくと、まさに顔面は「心」と「体」の状態を一番反映する
ものなのです。つまり、臨床上、欠くことのできない個所として浮かび上がって
くるのです。


日本伝承医学においては、以上の認識に基づき、顔面部テクニックを自律神経
の調整法として応用展開しているのです。

                一九八七年      有本政治