臨床家として漢方を学ぶ意義


 「モノ・コト」を学ぶ場合、重要なことはその意義を明確に認識す
るということです。医療を生業とする人間は常に命と向き合っている
ということを忘れてはなりません。医療人の責務は単に現在症状を改
善するにとどまらず、患者さんが将来にわたって自らの命を、与えら
れた寿命をまっとうできるよう導いてあげることが務めであります。
 WHO(世界保健機構)の定義に「健康とは肉体的・精神的に健康であ
るだけでなく、社会的にも健康な状態であることを健康という」との
一節があります。人間の病気というものは、肉体だけの問題ではなく、
精神性、社会性が大きく関与して発生するということを述べています。
人の健康を担う医療人は、身体的診断だけでなく、人間そのものを診
断していかなければならないということです。物心両面を備えた人間
を診断するということは容易なことではありません。
 人間の病気を物質面に限定して、病気の原因を外的要因としての細
菌、ウイルス説一辺倒に追い求める現代医学アプローチでは、人間の
真の健康を回復することはできません。人間そのものを分解せず、全
体のバランスの中で関連性をもち、トータルに把握していくことが大
事です。
 四千年近い伝統をもつ漢方医学では、時間の経過と様々な自然環境
の変化の中で、人がどう生きていくかを追求し、“感情の動物”とい
われる人間の情動の変化とも関連させて、全体的に人間そのものをと
らえています。
 医業を生業とする人間にとって、日々の臨床の場で、全体的に人間
をみていくという視点は多いに役立ちます。内臓を中心にすべての生
理機能との関連を説き、時間(季節)と身体、精神感情との関連を統一
的に解明できるからです。患者さんの表わすひとつの情報さえあれ
ば、それを全体と部分との統一の中で、見事に“シュミレーション化”
でき、精神面を含めた本態的要因を正確に把握することができるので
す。まさに「一を聞いて十を知る」学問体系といっていいでしょう。


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