野球肘は何故起きたのか  2015.11.25 有本政治


<カーブ球を投げると肘や手首に故障が起きやすい理由>

野球肘とテニス肘は、基本的な故障の根拠と機序は同じになります(テニス肘の項
参照)。テニス肘の機序と、野球肘の機序との違いは、野球の変化球であるカーブ
球の投球にあります。

右利きの人が行なうカーブ球の投球動作は、球を握った手を離す瞬間に、肘と手首
を外旋(外ひねり)する事で、球に回転を与えています。この手首と肘の外ひねりの
使い方が、肘に大きな負担をかける動作になるのです。
私達の体には、様々な動作において、関節の構造と機能に準じた動作とそれに反す
る動作があります。関節の構造と機能に準じた動きは、流れるようにスムースな関節
の連動が起こり、無理なく最大限の力の伝達が可能になります。それに反する動き
が関節にかかり、これを反復する事が肘の故障につながっていきます。


<肘関節の構造と機能に準じた動きは、人体機能解剖学が解明している。>

人体機能解剖学とは、肘関節の主要な動きとなる伸展と屈曲動作(曲げ伸ばし)の
中で、蝶番の様な単純な曲げ伸ばしではなく、ねじれの動きを伴いながら屈曲伸展
が達成されている事を説明する学問になります。

具体的には、肘関節が屈曲する際、屈曲の途中から最後の段階に至る過程でゆる
やかな外旋を伴う事で最大屈曲が可能になるのです。逆に伸展は、伸展の途中か
ら最大伸展に至る過程で、内旋動作が起こる事で肘の完全伸展は達成されるので
す。それは当然手首の内旋を含んでいます。故に普通に球を握って球に回転を与え
ず、投球動作に準じて自然に無理なく投げた場合に、球を離す瞬間に自然に内旋が
かかり、ナチュラルシュートになるのです(バッターから見ればカーブは外に曲がり、
シュートは内側に曲がります)。

投球動作を機能解剖的に分析すると、球を握って振りかぶった際は、肩、肘、手首
は全て内旋動作を伴い、投げに入っていく過程で、肩、肘、手首は内旋を伴いなが
ら完全伸展するのです。まさにリリースの瞬間は肘、手首の内旋が起こるのです。


<カーブ球の投球動作は、関節の機能解剖に反する動作になる>

カーブ球の投げ方は、リリースの瞬間に肘と手首を外旋させる投球動作になってい
ます。これは肘関節や手関節の伸展時における機能解剖に反する動きを、肘や手
首に生起させます。これは関節、筋肉、腱、靭帯に無理な負荷をかける事になるの
です。

このカーブ球の反復動作は、当然関節に無理な摩擦を生み、筋肉、腱、靭帯に過
度の緊張や張力を作り出します。この持続により、関節内には熱の発生と蓄積を
もたらし、筋肉、腱、靭帯にも、炎症が生じたり、組織の弱体化により断裂を起こし
やすくなります。これが野球肘を発症していく最大の要因となります。


<野球肘は痛みだけでなく、関節の変形をもたらす>

投手を長く務めるプロ野球や社会人野球の選手の中に、肘が完全伸展せず、くの
字に曲がった 変形性の肘を多く見かけます。これは上記の関節の機能解剖に反
したカーブ投球を繰り返したために発生しています。
一般的に変形する事は、悪として考えられていますが、これは関節の機能を守る対
応として発生しています(変形に関するの詳細は、HP、院長の日記、膝、股関節の
変形の項参照)。

関節内の熱の蓄積と貯留は、組織の破壊に直結します。これを守るためには、関節
内の潤滑液(関節液)の循環を確保する必要に迫られます。これを達成するために、
骨や軟骨組織を変形させる事で関節液の循環を守る対応が起こるのです。
故に変形は起こっても、大きな痛みは起こらず、投球を続ける事が可能なのです。
ただしこれは骨の形成が終わった大人の対応であり、成長期の年代では発生させ
てはなりません。そのため少年野球においては、重い硬球の使用とカーブ投球を
制限しているのです(重いボールは、関節に牽引力を生み、関節破壊につながるから
です)。


<カーブ球を投げなくても、野球肘は発生する>

テニス肘も野球肘も、その根本原因は全体の姿勢のゆがみが肩と上肢に、ねじれと
前下方への巻き込み体勢を作り出していることから発生しています。それは、上肢全体
に内旋を起こし、それを補正するために肩と手首の中間に位置する肘関節の橈骨に
外旋のストレスを常にかける事になります。この状態での投球動作は、カーブ球を投げ
なくとも肘に痛みや炎症を発生させる大きな要因となります。その中でも重いボール
による関節のけん引力は、野球肘発症の引き金として作用します。


<どう対処すればよいか>

カーブ球の投球動作が野球肘になる最大の要因である事は間違いありません。こ
れを回避するためには、肘の熱の発生を最小限にとどめる事が不可欠になります。
そのためには、使用後のアイシングの徹底が大前提です。氷を肘に固定し、最低
でも20分以上の冷却が必要です。長時間の冷却による副作用はありません。アイシ
ングをすることで痛みがとれ、変形防止につながります。

テニス肘の項で解説してありますが、体全体の姿勢のゆがみが、上肢に位置異常
を生起し、肘関節にねじれの集約を作りだしています。そしてゆがみの根本原因に
は内臓機能との関連が存在しています(テニス肘の項参照)。局所だけをみて対処
したのでは肘の痛みは改善していきません。全体と部分の両面からのアプローチが
必要となります。野球肘の根拠と機序の理解が、この疾患を回復に向かわせるため
には必要になります。