「丹田」の意味  2017.11.22. 有本政治

 *これは今から約30年前に書いたものになります

 日本人の生命観・人体観を探る中において注目すべき点は二つあります。
一つは「呼吸」に関する点で、もう一つは「丹田」(たんでん)という概念です。
ここでは丹田に的を絞って考察してみます。

 日本人が身体運動を語る中で、この丹田は欠くことのできない概念になりま
す。特に武術の世界では丹田がエネルギーの発生場所であり、動きの中心
であり、また意識の中心であるといわれています。丹田の場所は、臍下(せい
)といわれるように、臍(へそ)の下三寸(7.5cm)の位置で、その内部に存
在します。その形状は“球体”と表現する場合が多いようです。

 上記の表現が示す通り、この丹田という概念は極めて抽象的なものになり
ます。いわゆる「気」の概念と似ています。「気」とは、目に見えない存在ながら、
エネルギー・情報として存在していると考えられています。例えば、身体運動
を行なう場合、この丹田に意識を集中して行なうのと行なわないのでは、その
パフォーマンスに大きな差が出ることは経験的に認められています。

丹田の「丹」の字は、赤色を表わす言葉です。そして「田」は田んぼの意味
で、生命が生まれたり、育てられる場所という意味があります。赤色は熱エネ
ルギーの象徴であることから、丹田とは、熱エネルギーの生まれる場所とい
う意味を表わしていると考えられます。

 それではいったい丹田とは何なのか、私の生命探究の全面的認識法であ
る「物質・エネルギ−・情報」の三態による分類、「構造・機能・形態」という分
類、物質としての存在様式「個体・気体・液体」の分類を駆使して、この丹田の
意味を考察していきます。

 まずこの丹田の位置から明らかなことは、ここはいわゆる骨盤部であるとい
うことです。人体の骨盤部は、人体構造上極めて重要な役割をもつ場所にな
ります。二足直立を果たした人類においては、脊柱という柱の基礎をなし、力
学的エネルギーの分岐点・変換点になります。歩行時に於ける左右の足への
重力の変換を受けて、恥骨のクランク運動、寛骨のハズミ車運動の働き、仙
骨の∞字運動(メビウス運動)の生起等、構造上の基盤と動きの中心をなす
個所です。

形態解剖学的にこの部分の形状を見てみると、骨盤という強固な骨のヨロ
イをまとった、中空の器であります。骨盤と関節する股関節の頸体角(骨頭部
の斜め角)が、両側から120度分率を構成し、二本の足からの作用力線と体
幹部からの重さの方向の三方向からの中心点がピタリと「臍下丹田(せいか
たんでん)」の中心と一致するのです(臍下7.5cmの位置)

 しかし、この作用力線の交わる点は実質としてのつながりのない中空の場
所であり、そして丹田の形状が球体(気のボールと称する)と言われるように、
骨盤輪と仙骨で囲まれるこのスポットは、直径1213cm位の球がすっぽり
入りこむ空間を形作っています。まさに“気のボール”と呼ぶにふさわしい場
所になります。この球の中心が、力学的エネルギーの作用力線が三方向から
交差するポイントとなるのです。

解剖学的に構造上はそこには何も存在しないのですが、作用線の交差点
と見事に一致します。そして、気のボールを包み込む骨盤部の関節部分であ
る両仙腸関節、恥骨結合部は、重さを受けて、前述した仙骨の∞字運動、寛
骨のはずみ車運動、恥骨のクランク運動という、微細な動きを生起しています。
まさにその動きはあたかも“おむすび”を握るが如く“気のボール”を形成する
のです。

 『経絡の本体』の中で、内在する二つのエネルギー、重力の作用・反作用が
経絡の気の上下の循環を作り出していると考察しましたが、丹田(骨盤部)
その中心的役割を果たしています。二足直立を果たし、縦長な構造体として
の人体は、二本の下肢を地面に接して直立し、また移動も可能にしています。
その左右両下肢との関節部となる丹田(骨盤部)は、歩行において左右交互
に重心を移し変える変換装置の役割を担っていることは解説してある通りです。

重心を左右に移し変えるということは、重心は左右に横幅をもって移動しま
す。また重さの移し変えにより、重力の「作用」と「反作用」という上下の運動
エネルギーが発生します。これを“合体”させた立体的な動きの形状は、円錐
を二つ、底面を合わせた形状に模式化されます。これが“コマ”のように回転
することで直立が達成されているのです。人体構造を模式化し象徴的に表わ
した形状となります。

骨盤部で∞(メビウス)回転をしながら地面に一点で立ち、頭上から一点で
吊り下げられている状態になります。重力の作用・反作用が“一点立ち”と“一
点吊り”を生み、重心の左右の搖動がメビウス回転に変換して、“コマ”のよう
に回転することで直立を果たしているのが人体になります。その中心をなすの
が丹田(骨盤部)なのです。

このように構造・機能・形態の中心となり、位置エネルギーの変換と移動を
達成し、重力エネルギーを利用して圧電とダイナモ(発電機)の働きを担ってい
るのです。人体の「構造・機能・形態」と「物質・エネルギー・情報」の中心と呼
ぶにふさわしい働きとなります。

 「気の発生・循環・作用の考察」の中で述べた、肺の収縮・拡張による気の
発生、横隔膜の上下動による気の循環とその変換作用と一緒に考え合わせ
ると、まさに「呼吸」と「歩行」により、「気の発生と循環」は成立をしていると考
えられます。動作時には「歩行」により、安静時には「呼吸」が主体となって、
気の発生と気の上下の循環を主っていると推察できるのです。

さらに付け加えれば安静時の呼吸作用により、仙骨が“うなづき運動”を生
起し、脳脊髄液の循環のためのポンプ機構として働いていることは、すでに解
明されている事実です。また漢方医学における「気・血」の循環メカニズムも
これによって証明されます。

 日本の古代人がこの骨盤部=丹田が構造・機能・形態上の中心であり、力
学的エネルギーの変換場所として位置付けられ、身体運動における中心を
なし、また人体の熱エネルギーを生み出す場所と直感したことは、卓見に値
します。

力学エネルギーの変換と熱エネルギーの発生が行なわれるということはエ
ネルギーだけではなく、情報にも関わっていると考えられます。情報としての
“意識”をここに集中し、それを上下にエネルギーを流す分岐個所・変換場所
としても位置付けられるのです。古来より丹田に意識を集中することで、気の
逆流である“アガリ”を克服することも可能であり、身体各部に“気”を流すこと
も可能になるわけです。逆に「天の気」「地の気」を含む各種エネルギーを丹
田に集めることも可能になるのです。

 生物の全てが有する構造・機能・形態は、この地球上の「1G」つまり重力に
抗して、どう動くかによって決定されており、その構造・機能・形態は全て関連・
統一性をもって構成されています。構造上の最重要個所は機能・形態的観点
からも重要なポイントであろうことは、うかがい知ることができます。

事実、機能的な面ではこの部には腸が存在し、女性では新しい生命の宿る
子宮も存在しています。この「腸」の存在はこれまでにその重要性はすでに
述べてある通りですが、漢方医学の中にみられる肝・心・脾・肺・腎という五
臓の全てが「腸」と深い相関があるのです。

 大腸は壮大な化学工場であり、小腸は血液の生成場所でもあります。いわ
ば人体のエネルギー生成場所として位置付けられ、機能上、最重要個所です。

形態的にも骨盤の形状は何かをためておいたり、たくわえる中空の器の形を
しており、この中は“気”をたくわえるにふさわしい“形態”といえます。

古代、日本人はこの器を神の供物とし、ここに神が宿ると信じていました。
この「器」を呼吸や歩行により、揺する、振る、振動させるゆりかごとし、何か
を生産する「器」と考えると大変興味深いものです。またこの形状は宇宙から
のエネルギーや情報を受ける「パラボラアンテナ」としての作用も考えられる
のです。

 漢方医学のツボと経絡の観点からみると、経穴中の重要穴である原穴は
自然治癒力を高める経穴としてよく用いられ、それは手関節、足関節の中心
に存在しています。これらの手足の原穴の源は臍下丹田にあり、腎間の動気
を感じる所です。腎間の動気は五臓六腑の本であり、十二経絡の根であり、
腎の精力と深く関わっています。

丹田部の弱化は腎の虚として表現され、骨盤内臓器の衰えを意味し、いわ
ゆる老化現象と関係します。また、それは骨盤にゆがみを生じさせます。骨盤
部の弱化・硬化は自然治癒力の低下を招き、免疫力衰退から種々の疾患に
かかりやすくなっていきます。日本伝承医学では、この丹田部をゆすったり、
ふったりすることで、その働きを元に戻す技術を構築しています。

 古代日本人の直観したこの丹田部は生命のしくみとしての物質・エネルギー・
情報と関係し、物質としての構造・機能・形態上最重要個所を形成しています。
日本の古代人は「丹田」をこのように認識していたのです。まさに丹田の名の
通り、熱エネルギーの発生場所という名にふさわしい場所であったのです。
日本人の到達した、生命観・人体観の中枢をなす存在として丹田の意味を大
切にし、その意味を深く探ることで、いまだ未知な存在である、人体・生命の
もつ「生命原理」が、ひとつひとつ解けていくものと思われます。