Jリーガー、中村俊輔選手の胆嚢炎と右大腿二頭筋肉離れの関係            
                             2015.8.10 有本政治

本年で臨床歴41年を迎えますが、その間日本のトップアスリート達の怪我の治療
に多く携わってきました。その経験の中から得た気づきを日本伝承医学的に解明
していきたいと思います。今回はサッカー選手の中村俊輔氏の胆嚢炎と肉離れ
について記していきます。

運動選手に怪我(けが)は付きもので、多くの選手が経験し、1日も早い回復を願っ
て、日々治療とリハビリに専念しています。怪我は不可抗力の様に思われがちです
が、実は起こるべくして発生しています。不可抗力によるものは全体の約2割、後の
約8割は起こるべくして起こっているのです。”怪我”という文字が、その本質を表し
ています。怪我は、我を怪しむ(われをあやしむ)と書きます。その通りで、我=自
分自身に怪しむべき所があって発生しているのです。その中には不注意の意味
合いも含まれています。それ以外に我を怪しむとは、何かはっきりとはわからない
が、怪しむべき何かが存在していたということです。怪しむべき所とは、その人自
身に弱りが出ている個所になります。疑わしい所が何かの引き金によって引き出
され、結果的に弱い個所に怪我が起こってしまうのです。

怪我をした時には、あの時あの動作さえしなければと、原因を見つけ出そうとしま
すが、それは引き金であって、本当の原因ではありません。怪我は、必然的に起
こっていくのです。怪しい個所に起こるのなら、あらかじめ怪しい所がわかっていれ
ば未然に防ぐ事ができるようになります。そのためには体に対する全面的な認識と、
有機的思考が必要です。有機的思考とは、物事を局所的、部分的にみていくので
はなく全体との関連の中で捉えていく思考法になります。怪我は単に筋肉や腱、靭
帯、関節といった運動系機能だけではなく、脳や内臓諸器官、及び体質や性質、精
神作用も含め、こうした全体とのつながり、関わりの中から考察していかなければな
りません。局所だけをみて対処している限り、何度でも、弱りが出ている個所に怪我
を繰り返してしまうからです。

中村選手の日本での実績、また海外での活躍、評価はあまりあるものがあります。
日本代表は引退しましたが、日本を代表とするプレイヤーである事は誰もが認める
ところであります。また確固とした信念とプライドをもち、自身のモチベーションも
技術も衰えることがありませんでした。責任感も強く、自らを奮い立たせ、努力を
怠ることはありません。最後まで諦めない芯の強さと強固な精神力が現在の地位
を築いているのだと思います。

中村選手は、今年の春先に胆嚢炎を患っています。彼は現在35歳で、サッカー
選手として最高度のコンディションを保つには、厳しい年齢にきています。30代半ば
を迎えると、その精神と肉体を維持するためには、常に努力を怠らず、自らを奮い
立たせ、鼓舞し続けていかなくてはならないからです。これが知らず知らずのうち
に多大なるプレッシャー、精神的重圧となっていくのです。こうした精神的ストレス
の持続は、肉体にも影響を及ぼしていきます。体の中で一番影響を受けるのが、
肝臓と胆嚢(たんのう)になります。

精神的ストレスやプレッシャーの持続は、常に脳を刺激します。脳の神経を使う回
数が増え続けます。つまり脳内の神経伝達物質や脳内ホルモンを多量に消費して
しまう事になります。この神経伝達物質や脳内ホルモンは、脳で作られるのではなく、
主に肝臓で作られています。脳で消費してまた肝臓に還って分解されます。精神的
なストレスやプレッシャーが続くと、このように肝臓が過度に働き続けるので、肝臓
の機能を低下させていきます。

次に胆嚢について説明します。胆嚢は肝臓の中に内包されている臓器であり、
肝臓とは表裏の関係にあります。”肝胆相照らす”と言われ、肝臓が弱れば胆嚢
も弱っていきます。また胆嚢は胆(きも)とも呼ばれ、胆っ玉が座っているとか、
胆っ玉が小さいとか、胆を冷やす等の言葉通り、精神性と深く関わっています。
つまり”やる気”と一番関係している臓器になります。物事を最後まで諦めずやり
遂げる能力、意志の強さは必要な事なのですが、これが過度になり過ぎると、返
ってプレッシャーとなり肝臓と胆嚢機能を低下させてしまうことになるのです。

肝臓と胆嚢が弱ると、体は肝胆の働きを元に戻すために、肝胆に大量の血液を集
め、熱を発生させて炎症を起こし、機能を高めようとします。つまり必要な対応と
して、肝炎や胆嚢炎を起こす事で、臓器の機能を元に戻そうとするのです。これが
胆嚢炎の本質になります。

また肝臓や胆嚢に熱をもつのは、季節との関係も加味されます。体内の内臓は、
季節の変化と連動して、活発に働く季節が決まっています。肝臓は春に配当されて
おり、春先の二月から五月にかけて一番活発になります。しかし、肝臓と胆嚢
に弱りのある人は、活発になる事ができず、これを活発に働かそうするため、
肝胆に軽い炎症(充血、腫れ、熱)を起こして機能を上げようと対応するのです。
故にこの春先には、一番肝炎や胆嚢炎を起こしやすくなります。さらにこの時期
に、大きな精神的な負担がかかる様な出来事が重なれば、肝胆は一気に影響を
受け、肝炎や胆嚢炎の発生頻度はさらに高くなります。痛みや高熱、下痢等の症
状が出ますが、体が必要な対応として発生させていくので、薬等で炎症を封じ込め
てはいけません。薬で抑える処置をしても、根本的解決にはならず、症状は再発
を繰り返したり、より深刻な病状を引き起こしてしまう事になるからです。

次にこの胆嚢炎と右大腿二頭筋の肉離れの関連について解説致します。胆嚢炎
は胆嚢という袋に熱と腫れを生起させます。胆嚢という臓器は、肝臓で作られた胆
汁を胆嚢という袋へ集めて濃縮し、必要に応じて袋を収縮して胆汁を放出しています。
胆嚢炎で袋が腫れると、袋の収縮が十分にできなくなるため、胆汁を放出する事
ができなくなります。胆汁の分泌が減るという事は、体の生理機能にとって重大な
破綻を生じさせます。体はこれを回避する対応を迫られます。この対応として、体
の右脇腹に位置する胆嚢を体ごと絞り込む事で、袋の収縮を助け、胆汁を分泌
させようとするのです。

胆嚢の絞り込み体勢は、全身で行われます。胆嚢の位置は、右脇腹で乳頭直下の
肋骨弓の下縁にあります。これを絞り込むためには、上半身では、上体を左にひ
ねり、右肩を前下方に巻き込む姿勢をとり、上半身の右側面を縮ませます。下半身
では、右骨盤を脇腹方向に縮ませ、右鼠蹊部(そけいぶ)も収縮させます。右股関
節から下肢外側面を足関節まで縮ませます。つまり右脇腹にある胆嚢を、体の右
側面を全て縮ませる事で、絞り込もうとするのです。

これを達成するためには、当然全身の筋肉を収縮させる事で行われます。そのた
めの主要な筋肉は、上半身では、右側の大胸筋、腹斜筋、腰方形筋、大腰筋にな
り、下半身では、右側の大腿二頭筋、大腿筋膜長筋、下腿側面の筋肉群になりま
す。その中でも、下肢のももの裏側にある大腿二頭筋は最大の筋肉になり、サッ
カーの様な、急激なダシュやターン、キックに際して、負荷が一番大きくかかる筋肉
になります。

このように、胆嚢を全身で絞り込む対応が、上記の筋肉に慢性的な縮み(収縮)
を生起させていきます。これは常に右大腿二頭筋に引きつりがある状態を起こし、
サッカープレイ中の何らかの動作が引き金になり、肉離れを起こす結果になった
のです(上半身の右肩の前下方への巻き込み、側面の引きつりは、肩の痛み、
40肩50肩の原因として作用します。詳細は日本伝承医学HP、肩の痛みを参照)。

以上が、中村選手の胆嚢炎と右大腿二頭筋の肉離れの根拠と機序になります。こ
れまで解説してありますように、この二つの疾患は、起こるべくして発生しています。
体に起こる全ての症状を、精神面、季節、内臓、筋肉等を含めた全面的な認識と、
それを統合する有機的思考によって、怪しい個所を事前に予知できれば怪我は
予防することができるのです。中村選手に限らず、右大腿二頭筋の肉離れをよく
起こす選手は沢山います。特に意志が強固で、がんばり屋の資質の人に起こりや
すい症状になります。

それではどう対処すれば、胆嚢炎や肉離れを回復させ、予防できるかを次に説明し
ていきます。精神的ストレスを全く無くしたり、自己起励の性格をすぐに変える事
はなかなかできませんが、体への影響を最小限にする事は十分に可能です。
それは、関係する内臓の肝臓や胆嚢の機能が低下しないようにする事です。大元
の原因は、肝臓や胆嚢の充血、熱、腫れにあります。これを最小限に抑える事が
肝炎、胆嚢炎を防ぎ、胆嚢の袋の収縮を守る事につながるのです。これが維持でき
れば、全身の筋肉を使った胆嚢の絞り込み体勢は起こらず、右大腿二頭筋の引き
つりは回避することができます。

日本伝承医学の治療法は、骨に圧や振動(ひびき)を与える事で、微弱な電気を
発生させ、骨伝導を介して全身の骨格に伝播させていきます。これにより血管や
神経の通りを整え、骨に着く腱や筋肉の引きつりをゆるめる事ができます。また骨
髄の機能を発現させる事で、細胞新生と造血を促し、低下した生命力や免疫力を
元に戻していきます。肝臓と胆嚢の機能を改善するためには、日本古来から伝わ
る大腿骨の肝胆叩打法を用いて、炎症と腫れを除去します。肉離れの操法では、
当該部位を押したり、もんだりという方法ではなくて、逆の個所を使用したバランス
操法を用いて対処します。家庭療法としての、頭と肝胆の氷冷却法も大事です。
氷冷却法は、脳内の熱と脳圧の上昇をとり去り、肝胆の熱と腫れを除去し、肝臓
胆嚢機能を高めてくれます。肉離れした個所の冷却法、ストレッチ、テーピング等
も有効に作用します。日本伝承医学ではこのような統合的な方法により、スポーツ
外傷に対応しています。