骨を捉えなおすⅡ    2018.3.24  有本政治

 *これは今から約30年前の文章に加筆したものになります

 人体の「骨」というものに対しての一般の認識は、身体の支持組織としての
支持作用、内臓の保護作用、筋肉と連結した運動器としての作用になります。
要約すれば、地球上の1Gの重力に抗して、つぶれないように人体を保ち移動
することができるようにすることです。

地上の動物が生きていくためには、1Gという重力に抗して動けるための構
造・機能・形態が必要になります。骨というものがあって初めて身体に「芯」が
通り、重力につぶされることもなくなります。そして、筋肉の動きと連動して関節
を動かすことが可能となります。特に「直立」を果たした「ヒト」の身体は、縦長
な形をしており、長い棒状の骨が地面から頭上まで上下を貫くことによって直
立が可能となっています。故に人体中の骨は構造上、機能上、形態上なくては
ならない存在なのです。

 しかし、以上の認識だけだと、骨はいわば鉄筋コンクリートの中の“鉄筋”の
役目で、単なる無機質な物体としての存在になってしまいます。生きている身体
の中の骨はそんな無機質な物体としてだけ存在しているわけではありません。
骨が「エネルギー・情報」の貯蔵庫であるということは既に述べてある通りです。
実は骨は生きている身体の中では筋、骨といった運動系だけではなく、伝達系、
感覚器系、循環系の作用も担っているのです。この観点に立って骨を捉えなお
してみたいと思います。

 骨の伝達系の作用として一番わかりやすいのは、骨のもつ特性の中の骨伝
導です。これを示す構造が、私たちの耳の仕組みの中に見られます。鼓膜に
起こった音の振動を、内耳にある三つの小さな骨「アブミ骨・ツチ骨・キヌタ骨」
が骨伝導を生起し、音を増幅して電気信号に変換して脳に信号を送ります。

これは、骨のもつ二大特性となる「圧電」と「骨伝導」作用によるものです。骨は
圧や振動が加わると電気を発生し、その発生した電気は、骨の中を通って脳
内にも伝わるし、全身の骨格にも瞬時に伝導するのです。まさに骨が伝達系
を担っているよい例です。

この圧電と骨伝導作用をもつ「アブミ骨・ツチ骨・キヌタ骨」の構造・機能・形
態は、人体の中に相似の関係として、地面に接する足関節に同様の構造が見
られます。足の踵骨、距骨と2本の脛骨、腓骨で構成される距腿関節の構造・
形態がそれに相当します。立位や歩行によって踵の骨に重さ()として伝わる
信号は、内耳の「アブミ骨・ツチ骨・キヌタ骨」がもつ変換機能と同様に、距腿関
節にかかった圧(振動)を電気信号に変換させて、脳に伝達し、立位の姿勢制
御を行なっていると考えられます。人体内の一般的な伝達系となる神経伝達の
スピードでは、瞬時の姿勢制御は不可能とされており、骨伝導を介した高速度
の伝達系が必要であり、骨伝導がこれを担っています。

これを応用して、古来より伝承されている鼻血止めの方法があります。これ
は踵の骨をトントンと叩打して鼻血を止める方法になります。これは踵から脳
への骨伝導を裏付けるものです。片足の踵を立位で床に何度か打ちつけてみ
ると脳に振動が伝わる様子がよくわかります。踵から振動が伝わることによっ
て脳脊髄液と脳内の血液循環に変化が生起し、鼻血が止まるのです。

 もう一つ骨のもつ伝達系を表わす良い例として神経伝達系との相似の関係
があります。人体の伝達系として働いている神経連結の構造と形態が、骨の
連結要素である関節の構造・形態と相似の関係にあるのです。神経はシナプ
ス伝導といわれ、その連結の構造・形態は模式化すると凹面、凸面で構成され
ています。骨の連結である関節も、すべて基本的構造と形態が、凹面と凸面を
しており、神経伝達のためのジョイント構造と同じなのです。この相似の関係の
事実からも、骨が伝達系の役割を担っていると考えられます。

 また、前述した耳の骨と足関節(距腿関節)の骨が「音の伝導」と「振動の伝
導」に携わっているのと同様に、骨は「重さを伝える通り道」としても作用してい
ます。人体の支持組織ということは、重力に抗して形態を維持しなければなりま
せん。クラゲのように骨なしではペシャンコになってしまいます。

骨は人体の「柱」として重さを支えてくれています。このことは、骨は「重さの
通り道」と言い換えることができます。そして、人体のもつ柔構造を達成するに
は、分節する構造が必要です。一本の柱では達成できません。大小長短、形
を変えて骨を連結させて「重さ」を緩衝、誘導し柔構造を造り上げているのです。
つまり、人体は立位においては常に搖動しながら直立を達成しているのです。
故に骨は重さの通り道として伝達系の役割を担っているといえるのです。

 全身の骨格図と神経分布図を見ると「音・振動・重さ」の伝達を達成する骨の
構造と形態は、伝達系の中心をなす神経系の連結と分布が相似形であること
がわかります。ここに骨の伝達系としての役割が新たに見出せるのです。事実、
神経系統はその中を電気信号が流れることで情報を伝播しています。

 さらに骨は感覚器としての作用も有しています。骨が重さを受け取るというこ
とは、「圧覚」を受け取るセンサーの役目も、もっているはずです。人体のもつ
感覚は視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚です。触覚の中に属する「圧覚」を骨はもっ
ていると考えられます。前述した神経伝達の連結と類似である骨の連結構造は、
圧覚という知覚を脳や脊髄の中枢に伝達するからこそ、同等の構造・形態を有
しているのです。故に人体中のどんな小さな関節であっても、骨と骨の連結に
面圧をかけると、それは全身の骨格に瞬時に波及していくのです。

古代日本人の考案した頭蓋骨を締める鉢巻き、骨盤(仙骨と二つの寛骨で
構成される)を締める腹帯(はらおび)、手の関節を締める手甲、足の関節を締
める脚絆等は、骨に圧をかけることで当該部位のみならず全身を調節する作
用をもっているのです。例えば、腹帯(ふんどし、はかま、サラシ、腹巻等)を巻
くことや手首の関節を締めることで頭痛が治ったりという効果があることもうな
ずけるわけです。故に、日本伝承医学の技法の中には、頭蓋骨をしめたり、ゆ
るめたり、手首、足首をしめたり、ゆるめたりすることで、脳や内臓の機能を整
える方法を伝えているのです。

骨が感覚器としての作用を有し、それを中枢に伝達できたり、他の関節と様々
な相関関係でつながれていることを、古代日本人は綿密に研究してくれていた
のです。その中から、骨を伝達系の中心にすえた、様々な病気治しの技法を研
究開発し、それを残してくれています。

 また骨のもつ作用として、循環系への関わりがあげられます。人体のもつ循
環系は、心臓ポンプ作用と、足関節と連動した関節と筋肉ポンプ作用があると
いうことはこれまで論述してある通りです。骨が体液の循環に関わっていること
を示す例が「関節内循環」になります。すべての関節は滑液という潤滑液で満
たされ、これが循環されています。

例えれば車のエンジンオイルのような存在です。車のエンジンオイルは古く
なれば新しいオイルと交換することもできますが、人体内の滑液は交換するわ
けにはいきません。人体内で再生し、循環させてやらなければなりません。

その循環と再生を司っているのが関節にかかる重力圧を使ったポンプ機構な
のです。

この関節のもつポンプ機構は、無重力空間で生活した宇宙飛行士たちによ
って証明されました。関節に面圧がかからなくなると関節内循環が機能せず、
筋肉は萎え、骨からはカルシウムが溶出して、骨粗鬆症のような症状に陥りま
した。足はレッグ・バードと呼ばれるように、萎えていったのです。

この事実が示すように、関節は「圧」が加わることで関節内循環が達成され
ているのです。また、その滑液も「圧」が加わることによって、滑液膜を通して全
身と交流できるのです。このようにして関節内循環と全身との循環が達成され
滑液は再生されていくのです。このことは、骨が体液の循環に大きく関わってい
ることを物語っています。骨は循環系とも密接に関わっていたのです。

 骨の新たな作用をまとめてみると、骨は骨伝導を含んだ伝達系、感覚器系、
循環系に大きく関与しているということです。骨は単なる運動系としての作用だ
けではなかったのです。骨が伝達系、感覚器系、循環系と関わっていることを
知っていたからこそ、世界に例を見ない骨を中心とした治療技術体系を構築し
得たのです。

ある指の形、関節の形、ある姿勢をとることで、伝達系、感覚器系、循環系が
作動し、力が出たり平衡がとれたり意識を変えたりということが充分に可能と
なるのです。祈りの形「合掌」の形が人類共通の形であることもうなずけます。
意識が変わり血液の循環が変わるのです。

 以上の原理を応用して研究開発されたのが日本伝承医学の治療技術です。
故に日本の古代人が発見開発した、骨を中心とする技法は、世界一シンプル
な技法になります。手足の指の形、関節の形を作るだけで、体内の血液の循
環・配分を瞬時に変えることができるのです。それに仰臥位にて手足に角度を
作り張力を出して、ある姿勢をとることで、全身の血液の循環・配分、人体の電
気分布を変える方法も伝えています。

これを応用したのが、日本伝承医学のメイン技術になる「三指半操法」にな
ります。右足の趾の形をある形に折って、踵を持ち上げ落下させる技法です。
この一つの技法で身体のねじれの歪みを一瞬にしてとり去ることのできる技法
になります。この技法だけで、全骨格に骨伝導を介して、電気信号が伝わり、
骨髄機能が発現され、「造血」と「細胞新生」により低下した生命力、免疫力が
回復していくのです。

もう一例上げれば、仰臥位にて足の大趾を折って、下方にけん引する形を保
持すれば、胃に血液を集めることができ、胃痛、胃炎、胃潰瘍、胃がんにいたる
まで、この一技法で大きな効果を出せるのです。世界中、どの民族の医学をみ
ても、このような技法を開発できた民族は存在しません。手足の骨をある形に
作れば、すべての内臓に血液を集める方法を発見開発し、技法として伝えてい
ます。また、人体の骨のどこに、ゆり・ふり・たたきのヒビキを与えれば、どこを
調整できるのかをすべて伝えてくれています。まさに、世界一シンプルで大きな
効果を生む、日本独自の治療法なのです。これを可能にするのは、人体の骨
が、人体中最大で最速の伝達系の役割をもっているからに他なりません。

また、骨伝導が伝達系の中心を担っているということは、骨を叩くことでその
音の伝わり方、ヒビキの伝わり方で内部の異状を診断することも可能であると
いうことです。例えば、鉄道の線路点検や車両の点検は、金ヅチで叩きその音
とヒビキを聞き分けることで異状を検出しています。音とヒビキは大切な情報と
なり得るのです。骨を叩いて、そのヒビキ方や音をチェックすることで人体のどこ
に異常があるのかを検出できるのです。骨伝導が通じているかの確認にも応
用できるのです。日本伝承医学のすべての技術に上記の原理が網羅されてい
るのです。

 以上、骨を捉えなおす作業の中から発見できた骨のもつ多様な働きは、人体
の謎を解き明かす重要な視点を与えてくれています。骨を最大最速の伝達系と
して発見した日本の古代人の卓見は驚嘆に値します。古代日本人の到達した
素晴らしい洞察力にはただただ驚くばかりです。