骨を捉えなおすⅠ  2018.3.5. 有本政治

 *これは今から約30年前に書いたものになります

 私たちの「骨」というものは、そのイメージ通り硬いものなのでしょうか。理科
室に置かれた乾いた骨の標本から浮かぶイメージは、まさに硬い存在です。
しかし、それは生きた身体の中の骨とはまったく違う存在なのです。例えれば、
草木の“生木”(ナマキ)のようなみずみずしい状態です。そして小さい骨がいく
つも連なった状態で、体内に存在しています。故に条件次第で「チェーン状」に
もなれるし、一本の「棒状」にも変化できるのです。

その条件とは、身体が横たわっている状態と直立した時です。横たわってい
る時の身体の骨の状態は「チェーン」が床に置かれたのと同じ状態です。チェー
ンのひとつひとつは硬い金属の「輪」でありますが、それは揺すればロープを波
立たせるように次々順々に連動することができる存在になります。逆に直立した
状態の時には、一本の棒状になることもできるのです。人体内の骨は大小、長短
様々な骨が206個存在します。それらは連結されてまさにチェーン状に連なってい
るのです。

人体をチェーンに例えれば、三つの状態が考えられます。三つの状態とは「吊
られた状態、直立で置かれた状態、横たわった状態」です。吊られた状態のチェ
ーンは、糸でつられた「あやつり人形」のように重力に従い、まっすぐ垂線状に吊
られて存在します。その状態では吊ってある一点を支点として下部のチェーンは
円錐状に動きます。
わかりやすく例えれば、天井から吊り下がっているロープにぶ
ら下がって、動きを作り出すと円錐状の動きになるのと同じことです。この動きが
206
個の骨で構成される関節の動きの「基本原理」となるのです。実験してみれば
すぐわかります。

上肢をぶら下げた状態で連動させると、肩の関節は円錐状の動きをします。
また肘の関節も90度に屈曲してぶら下げて連動すると、これも円錐状の動きを
します。手首の関節も同様の動きです。人体の上部にある骨は、前述した上肢の
骨、鎖骨・肩甲骨・肋骨です。これらの骨の連結は吊り下げられている状態が基
本構造なのです。その中で鎖骨・肩甲骨・肋骨は脊柱という一本の柱に吊り下げ
られて存在します。

例えれば、奈良の法隆寺の五重の塔の構造と似ています。五重の塔の構造は、
中心を一本の支柱が貫き、五重の屋根がそれに吊り下げられているのです。
一見、不安定に見えるこの構造は実は、中心軸を安定させることに大きく関わって
いるのです。故に何百年を経ても倒れることなく現存できているのです。その間、
何度となく襲ったであろう地震に耐えて見事に残っているのです。これは建築学上
見事なバランス構造であるそうです。

 前述した人体の上部構造をなす、脊柱と鎖骨、肩甲骨、肋骨の吊り下げ構造と
五重の塔は同一構造をなし、力学上安定させる作用を有しているのです。

人体がもつ直立達成のための構造・形態が建築物に生かされたよい例です。

 逆に建築物がもつ構造・形態・機能は、人体には必ずもっと精妙に備わってい
るともいえるのです。例えば、高層建築物がもつ耐震のための「柔構造」は、縦長
で直立する人体は当然もっと高度に備わっています。このように建築物のもつ
構造・形態・機能を研究することで、逆に人体のナゾがひとつひとつ解き明かされ
ていくのです。

 次に人体の骨をチェーンに例えての考察の二番目は、「直立して置かれた状態」
です。この時に関与する骨は二本の下肢の骨と骨盤、脊柱、頭蓋骨です。
地面に立つということは、そこに置かれることですから、重力要素が作用していま
す。特に土台にあたる下肢と骨盤の骨はチェーンのように、ブラブラと動いては土台
の安定が失われてしまいます。この時は一本の棒状に作用して、椅子の脚の作用
を果たしてくれなければなりません。下肢の各関節、足関節、膝関節、股関節は、
骨と骨のすきまを一番密な状態にして、一本の棒としての作用を高めるように機能
します。人間が直立を果たすためのメカニズムは、このように多様に変化するシス
テムがあって初めて達成されているのです。

 最後に「横たわった状態」をチェーンに例えてみます。横たわった状態では人体
は直立という重力要素から解放されて存在します。この時、人体の骨はまさにチェ
ーンとしての作用を生起します。床に仰臥した人体を足方より横に揺すると、波立
つように連動していきます。極論すれば、人体内の骨は皮膚という皮袋に水を充
満させ、その中に骨は漂(ただよ)っている状態ともいえます。硬い骨というイメージ
はわいてきません。骨のひとつひとつは硬い存在であっても、連動連結された動き
はまさにチェーンと同様の動きをするのです。

また、この観点に立って日本人の伝統的な姿勢である正座位を考察すると、
正座位は脊柱と頭部を一番生理的な状態に保つ姿勢となります。脊柱全体と頭
部とを一番良い状態、楽な状態に維持できるのです。故に、腰痛の人は正座位が
一番楽な姿勢と、よく表現されるのです。

 このように「骨」というものは、身体の姿勢の変化の中でチェーンのような連動
する連結要素の働きをしたり、吊り屋根としての前述した中心軸を安定させる働
き、そして土台の安定のための一本の棒として直立して、重力線上にバランスを
とる働きを担っています。故に、単なる筋肉と連動した単独の関節の動きや、身体
の支持組織としてだけ作用しているのではありません。

姿勢の変化の中での骨の多様な状態の変化を知ることは、骨のおかれた状態
に適合した治療法を選択することを可能にします。床に横たわった状態でのかか
との落下によるヒビキ法(三指半操法)、骨をゆすったり、ふったりの操法、また、
正座位での膝を使っての脊柱矯正法、頭頂叩打法、両肩を拳上してストンと落下
させる技法等がこれにあたります。

 このようにして日本伝承医学のテクニックは構築されているのです。「骨を捉え
なおす」作業により、誰がやっても簡単で単純で効果のあるテクニックが構築でき
るものです。