骨の秘密    2017.8.7. 有本政治

  *これは今から約30年前に書いたものになります

 古代日本人の生命観・人体観の中で、「骨」はその中心的役割を担っています。
私なりに人体の「骨」に対して視点を変えてみる作業を続けていますが、その全容
を明らかにするのは至難のことです。従来の骨に対する一方的見解の中からは骨
の新たな面は何も見えてきません。視点を変えるということが必要なのです。

 例えれば、一枚の紙を見る場合、正面から見ればそれは一枚の“平面”です。し
かし、視点を変えて上からまたは下から見ると、それは一本の“線”に見えます。見
方によって“面”と“線”とでは、まったく別の存在になります。“面”は線を幾重にも
横につなげてできるものです。現在の「骨」に対する見解は、まさに、この“線”にし
か見えていないのです。単なる人体の支持組織としての視点でしか見えていません。
視点を変えれば、それは“面”というまったく違った存在として浮上するのです。

 古代日本人は「骨」に何を見出し、どう解析していったのでしょう。古代人の発見し
た様々な関節の秘密が、日本には鉢巻き・腹帯・手甲・脚絆と言う形で伝承されて
います。まことに興味のつきない題材です。しかし私には、骨にはまだたくさんの隠
された秘密があるように思えてなりません。その秘密が明らかにされることにより、
この日本伝承医学もさらなる発展があるはずです。

 しかし残念なことに、このような視点で骨を捉えた資料はどこにも見あたりません。
それではどのようにしてそれを探っていけばよいのでしょうか。それは縄文古代人
の残してくれた、遺物、土器、埴輪、古代壁画等の中に、古代日本人の生命観、
人体観を読みとる作業をしなければなりません。また、中世、及び江戸時代に花
開いた、日本文化の芸能、絵画、彫刻の中にも求められることでしょう。
故野口三千三先生が実践された、「化石に貞く(きく)」「貝に貞く」「オモチャに貞く」と
いった教えを思い出し、生かさなければならないでしょう。文献として存在しなくとも、
芸術家の感性はその「もの・こと」の本質を見事に表わしているのではないでしょ
うか。このような研究姿勢で今後とり組んでいきたいと考えています。

 それでは、まず発生学という分野から「骨」の秘密を探ってみましょう。エコロジー
運動の創始者ヘッケル博士は、「個体発生は系統発生を繰り返す」という有名な
説を唱えています。例えば、人間の胎児は、地球生命誕生の約三十億年の系統
発生を「十月十日(とつきとうか)」に凝縮して誕生します。受精後の三か月位まで
は、脊椎動物のどの胎児も共通の形態をしています。わかりやすく表現すれば、
魚類、両生類、爬虫類、哺乳類もすべて胎児の段階では、同じということです。こ
の形態の象徴が「マガタマ」の形状といわれています。「マガタマ」とは、“生命”を
象徴した「形」ということができそうです。故に、古代日本人の用いた三つ巴(みつ
どもえ)の紋章は、重大な意味を私たちに教えてくれているのです。私はこれを三
極構造とよび、日本人の思想の原形は、中国思想の“対極”ではなく、三極のバラ
ンスと考えています。物事は白・黒だけではなく、灰色も存在するのです。また灰色
の中にこそ、全体像と本質の両方が見出せるのです。つまり白黒つけられるのです。

 脊椎動物である人類は、高等な脊椎動物で複雑な形態と構造・機能を有してい
ますが、一番単純な脊椎動物である「ナメクジウオ」の一本の棒状の形態と何ら
機能的には変わっていません。様々な役割を分担させるか、一本にまとめて機能
させているかの違いだけです。分化させれば、それだけ複雑な機能をもつことに
なりますが、逆にいえば、故障も起こりやすいということです。私たちの身近な機
械・器具を見れば、それはよくわかります。
 生命体は複雑に分化されても、「元」とのつながりが切れて独立に生存できるわけ
ではありません。つまり、「元」とは原形としてのこれだけはなくてはならないという
機能です。生物には、このような生命体としての「原形」が必ず存在しています。そ
れを探るには、発生学は欠かせない学問領域といえるのです。「原形」を遡(さかの
)れば、そのものの「本体」との「つながり」が見えてきます。脊椎動物の骨の発生
と形成過程をたどることで、骨と他の組織・器官との「つながり」が見えてくるのです。

 すべての脊椎動物の発生の初期段階は、胎児の項で説明してあるように、共通
の発生過程をもっています。「卵」ができてそれが成長していく姿は、すべて同じ
過程を踏んでいくのです。ここでは簡単に発生学を解説してみます。
 発生した「卵」は丸い球状をしています。その段階では「ある膜」に覆われていま
す。これはすでに「外胚葉」の姿です。すべての生物は「外胚葉」「内胚葉」「中胚
葉」という三態の原形が整って成長していきます。これを発生段階の「三胚葉」と
呼びます。これが生物の「原形」となる三大構成要素なのです。
 卵発生か7日目位からゴムボールの一点にへこみが出現し、中心に向かって
埋没していきます。そして反対側まで達し、例えれば、ちくわ状に中心に内管が出
現するのです。これが内胚葉です。この内胚葉が後の内管系、口から肛門までの
「管」となるのです。そして、外膜と内膜との中間、つまり内部に17日目位から“中
胚葉”ができてきます。これが前述した「原形」としての三胚葉の出現です。そして
21日目あたりから、この中胚葉から「骨」の原形となる「脊索」という外胚葉と内胚
葉を支持し、その「中心」としてその二つをつなぐ役割を担った「骨」が登場してくる
のです。脊索自体は発生的には、原腸胚(内胚葉)における原腸背壁の正中から
分化して発生し、その左右から中胚葉が分化しできていくのです。
 骨の原形である“脊索”は外胚葉と内胚葉の中央にある関係から三胚葉の中心
的役割を演じることになるのです。骨の原形である脊索が内胚葉から発生し、ま
た外胚葉が作り出す神経管が後に脊椎骨に包まれ骨の中を脊椎神経として以後
存続する訳ですから、この骨の原形としての脊索は三胚葉と密接に関連していく
のです。
 生物発生の原形としての内・中・外の三胚葉は後に体の組織・器官に分化してい
きます。外胚葉は表皮と神経組織全般に変わり、中胚葉は骨格・筋肉・結合組織・
循環系・泌尿器系として発展し、内胚葉は、消化器系・消化管壁・呼吸器系へと発
展していきます。

 このように発生学的に見た骨の存在は、脊椎動物の発生の原形の段階で、全
ての組織・器官とつながっていることが確認できるのです。骨は単に独立分化した
人体の支持組織としての存在ではなかったのです。それ以上に発生の初期段階
においては三胚葉の中心的役割を担っているのです。

 複雑な事象を解明する手がかりは、その「もの・こと」の原形に遡ることによって
本質とのつながりが見えてきます。これがいわゆる「原点に還れ」という格言の意
味としてもうなずけるところです。古代日本人の骨への憧憬とその解析は我々の
予想をはるかに超えているように思われます。

人体の骨とは、まさに「中心」を表わし、それは他のあらゆる組織・器官と密接に
つながっているのです。骨の秘密を探る作業の中から、次第に骨に情報を記憶さ
せる日本伝承医学の全容が明確になってくるのです。